2月 02 2012
∞
“ GWのある日、寝ながら、立花隆氏の本を読んでいました。そこで、『わが意を得たり』という表現にぶつかり、思わずニヤリと笑ってしまいました。フランスのある作家が、若くして筆を折ってしまった理由についてです。それは、『正確というはげしい病』にかかってしまったからだ、と書かれてありました。
その病気にかかるとどうなるか? 一切のアウトプットが出せなくなります。なるほど。考えてみて下さい。もしあなたが文章を書こうとして、細部に渡るまで全く論理破綻のない、正確極まる文章の執筆を目指したら? 誤読を防ぐ為の予防線だらけの文章になります。前提条件の定義だけに時間が費やされ、結局、何もアウトプットなしです。
言葉によるコミュニケーションなど、曖昧さの極み。考え出すと書けなくなる。しかし、立花さんは言います。職業によっては、この病にかかっていなければ出来ないものもあると。私に言わせれば、その職業の代表格はSEです。
『烈しい病』と書いてみたり、『はげしい病』と書いてみたり。些細な表記上のゆれにすぎませんが、こんな仕事をするSEはいません。プログラムをこんな風に書いたら、エラーで実行出来ません。どうでもいいような細部が気になる人種、それがSEです。(文章ってプログラムよりも気楽です。)
私も、かなりの面で『正確病』に冒されています。SEに限らず技術開発系は、プロセス型の人間です。なぜなら、結果を与えられ、その実現の為、プロセスを考えるのが仕事ですから。自然に、回りくどい細かいことばかり言う人間になってしまうのです。
TVのニュースステーション。プロ野球の試合結果が、合計点から先にスコアボードへと入ってゆく。これを見た時、私はめまいがしました。勝ち負けだけ分かればいいのか、プロセスはどうでもいいのか……。しかし、野球に特別な思い入れの無い人から見れば、これで十分なのです。かえって、分かりやすい。
私も、立場が変われば現金なものです。当社にも、ソフトメーカーから営業マンがデモにやって来ます。すると決まって、細かい機能を色々ゴチャゴチャと語り出す――こっちだって忙しいんだから、細かいところより、もっと導入の利点を、どーんと分かり易く語ってくれよ。機能なんかより利点だよ!――急に、結果重視の人へ豹変したりします。
ITベンダーにいたので分かりますが、営業の上手い人は、開発の出来ない人である場合が多い。細かいことが気にならないから、流暢に語ることが出来ます。私からは、デリカシーの無い人に見えます。両方ともうまくこなす人も中にはいますが、普通、人間は、向き不向き、得手不得手を持っています。
長年、1つの仕事を続けていくと、どうしてもその考え方に頭が支配されていきます。技術系は『正確病』を、非技術系は『ええじゃないか病』を発症する。病気の両者の溝は深く、お互いに相手を嫌悪し非難し始める。なんだか、よくある話しです。男と女、アメリカとイラクも同じじゃないでしょうか?
立花さんが著作の中で問題にしていたのは、理系と文系の乖離についてです。『両者、インテグレーション(統合)せよ!』と言います。よし、ITを使って、全社一丸となり情報共有しようじゃないか!――そんな単純にはいかないでしょう。まず私が思うのは、情報共有の目的には、『創造型』と『改良型』の2つの方向性があること。それに、組織設計の重要性です。
最近の業界で語られていることは、『改良型』の色彩が強いように思います。私は妻とインテグレーションして、息子を創造しました。今のニッポンに必要なのは、改良よりも創造のような気がしますが。それと、北朝鮮。歪曲のない情報共有などありません。今の会社組織が、情報を上手く扱えるものかどうか。
どんなもんでしょう? ま、正確病にかかった頭で、じっくり考えていきます。
その病気にかかるとどうなるか? 一切のアウトプットが出せなくなります。なるほど。考えてみて下さい。もしあなたが文章を書こうとして、細部に渡るまで全く論理破綻のない、正確極まる文章の執筆を目指したら? 誤読を防ぐ為の予防線だらけの文章になります。前提条件の定義だけに時間が費やされ、結局、何もアウトプットなしです。
言葉によるコミュニケーションなど、曖昧さの極み。考え出すと書けなくなる。しかし、立花さんは言います。職業によっては、この病にかかっていなければ出来ないものもあると。私に言わせれば、その職業の代表格はSEです。
『烈しい病』と書いてみたり、『はげしい病』と書いてみたり。些細な表記上のゆれにすぎませんが、こんな仕事をするSEはいません。プログラムをこんな風に書いたら、エラーで実行出来ません。どうでもいいような細部が気になる人種、それがSEです。(文章ってプログラムよりも気楽です。)
私も、かなりの面で『正確病』に冒されています。SEに限らず技術開発系は、プロセス型の人間です。なぜなら、結果を与えられ、その実現の為、プロセスを考えるのが仕事ですから。自然に、回りくどい細かいことばかり言う人間になってしまうのです。
TVのニュースステーション。プロ野球の試合結果が、合計点から先にスコアボードへと入ってゆく。これを見た時、私はめまいがしました。勝ち負けだけ分かればいいのか、プロセスはどうでもいいのか……。しかし、野球に特別な思い入れの無い人から見れば、これで十分なのです。かえって、分かりやすい。
私も、立場が変われば現金なものです。当社にも、ソフトメーカーから営業マンがデモにやって来ます。すると決まって、細かい機能を色々ゴチャゴチャと語り出す――こっちだって忙しいんだから、細かいところより、もっと導入の利点を、どーんと分かり易く語ってくれよ。機能なんかより利点だよ!――急に、結果重視の人へ豹変したりします。
ITベンダーにいたので分かりますが、営業の上手い人は、開発の出来ない人である場合が多い。細かいことが気にならないから、流暢に語ることが出来ます。私からは、デリカシーの無い人に見えます。両方ともうまくこなす人も中にはいますが、普通、人間は、向き不向き、得手不得手を持っています。
長年、1つの仕事を続けていくと、どうしてもその考え方に頭が支配されていきます。技術系は『正確病』を、非技術系は『ええじゃないか病』を発症する。病気の両者の溝は深く、お互いに相手を嫌悪し非難し始める。なんだか、よくある話しです。男と女、アメリカとイラクも同じじゃないでしょうか?
立花さんが著作の中で問題にしていたのは、理系と文系の乖離についてです。『両者、インテグレーション(統合)せよ!』と言います。よし、ITを使って、全社一丸となり情報共有しようじゃないか!――そんな単純にはいかないでしょう。まず私が思うのは、情報共有の目的には、『創造型』と『改良型』の2つの方向性があること。それに、組織設計の重要性です。
最近の業界で語られていることは、『改良型』の色彩が強いように思います。私は妻とインテグレーションして、息子を創造しました。今のニッポンに必要なのは、改良よりも創造のような気がしますが。それと、北朝鮮。歪曲のない情報共有などありません。今の会社組織が、情報を上手く扱えるものかどうか。
どんなもんでしょう? ま、正確病にかかった頭で、じっくり考えていきます。